難攻不落の女
 人事部内に入ると笹目は、社員たち一人ひとりに挨拶をしながら、これからメンテナンスに入っても大丈夫か確認し、印刷機の方へ歩いて行く。二ヶ月前に先輩社員の仕事の引き継ぎが終わり、彼は一人でこの会社に来るようになった。何か不安でもあるのかと思ったが、見る限り問題はなさそうだ。

 宇美は自席に戻って、ミーティングで配布された資料の束を改めて眺めた。
『交換留学の推進について』

 ここ数年で徐々に活用されるようになった、グループ会社内での短期出向制度だ。希望者は多いが、選考は慎重だ。
会社が人でできている以上、経営戦略と人事戦略は直結している。宇美の仕事は、誰にどんなスキルを身に着けてもらうかを検討し、会社の未来に必要な人間を育てていくことだ。

 各部から上がってきた問題点を読み直しながら頭を悩ませていると、笹目がぬっと顔を覗き込んできた。
「宇美さん、こちら確認お願いします」
 メンテナンス箇所に目を通し、サインを入れる。

「お疲れさま。ああそうだ、甘いの好き?」
「はい?」
 宇美はデスクの上にあった箱から、魔女のイラストのシールが貼られた、透明のフィルムに包まれている菓子を取り出す。
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