難攻不落の女
■2

 定時で社員たちを帰らせて、方々から渡された書類の確認を済ませると、宇美は会社を後にした。
 午後八時、夕食を摂って帰宅するのにちょうど良い時間だ。その頃には電車も空いているはずだ。前から狙っていた蕎麦屋に行くか。コース料理も気になっていたが、確か二名からだった気がする。笹目に食事でも奢れば良かったかと、あどけなさの残る顔を思い浮かべて苦笑した。

 会社の部下を誘えば、宇美さんにはいつもお世話になっていますから、などと言って無理矢理にでも予定を空けようとするだろう。権力で縛るようなことはしたくない。かといって部長クラスの人間を誘うのも難しい。所帯持ちがほとんどだ。

「そう考えるとやっぱり、社外で繋がりを持っておいたほうが便利だよな」
 腕組みしながら信号待ちをしていると、背中に声がかかった。

「宇美」
 振り返ると、スーツ姿の男が小走りで駆け寄ってきた。

 ダークブラウンのスリーピーススーツに、後ろになで付けた白髪混じりの髪、眼差しは鋭いが、歳を重ねて生じた目尻の皺の深さのおかげもあって、人相は悪くない。新井秀成(あらいひでなり)、取締役総務部長だ。
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