難攻不落の女
 宇美は新井のいかつい肩に手をかけた。
「新井くんさあ、よく私に声がかけられたな。会議で意見が割れるのわかってる問題かぎって、一番に私に意見求めてきてさ。何か恨みでもあるのかと思ったよ」

「発言順は重要だからな。初めに説得力のある意見が出ると、後の連中が用意してきた答えも覆せるだろ。俺がそれだけ宇美を頼りにしてるってことだ」
「よく言うわ」
 言葉を投げ出すと、新井が笑った。

 彼とは同じ時期に入社してから、二十年以上のつき合いになる。若い頃は教育の現場で、死に物狂いで仕事をした。競い合うようにのし上がっていった長年の戦友であり、想いを寄せる相手でもあった。

 新井が先に役職に就き、仕事が忙しさで交流が途絶えがちになった頃、結婚の話を聞かされた。当時は、結婚にこぎ着けるくらいまでには、女に捧げる時間があったのだということに、なんとも言えない気持ちになった。だがそれももう、過去の感情だ。

 彼は離婚を経て、今は社内に桐谷栞那(きりたにかんな)という、一回り以上歳下の恋人がいる。モテる男はいくつになっても相手に困らないらしい。

「なあ、これから時間ある?」
「何で」
 つっけんどんな返事をすると、新井は横に並んだ。ふわりと煙草の香りがして、距離の近さに顔を見上げた。
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