君の世界に触れさせて



 夕食の時間が終わると、父さんは風呂に入り、母さんは鼻歌を歌いながら皿を洗っている。


 今日のザッハトルテを、父さんが完食したことが嬉しいらしい。


「父さん、今日のは食べれる甘さだったのかな」


 食卓から、母さんが水を止めたタイミングで声をかける。


 僕でも甘いと感じたから、小さかったとはいえ、父さんがすべて食べたのは意外だった。


「顔を顰めてたから、ちょっとだけ、無理してたんじゃないかな」


 母さんはそのときの父さんの顔を思い出しているのか、クスッと笑う。


 僕にはそんなふうには見えなかったから、母さんはよく父さんを見ているなと思った。


「栄治、無理するくらいなら、食べなきゃいいのにって思ったでしょ」


 皿洗いが終わったようで、母さんは僕の前に座った。


 母さんは僕の心を見透かした目をしている。


「いや、まあ……少しだけ」


 誤魔化せないだろうから、本心を言おうとするが、はっきりとは言えなかった。


「私もね、美味しく食べてほしいから、無理しなくていいよって何回か言ったんだけど……大輔さんが、私が作ったものは全部食べてみたいって言ってくれてね」


 また惚気けの時間だ。


 察したのはいいけど、止めることはできなさそうだ。
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