君の世界に触れさせて
「だったら、大輔さんが美味しいって思えるものを作ろうって、甘さ控えめなものばっかり作るようになったの」


 そのときにビターなお菓子をマスターしたのだろうと思いながら、話を聞く。


「そしたらある日、大輔さんに言われたの。僕は君に我慢をさせたいわけじゃないんだって」


 それは、今の僕に向けて、言われているような気がした。


「楽しいこと、好きなことを我慢して、楽しくないことにしてしまうのは、きっと苦しい。僕は、君を苦しめたくないんだって。素敵でしょ? 私の旦那さん」


 母さんは幸せそうに微笑んでいるけど、そこに対して感情を抱く余裕はなかった。


 昔の父さんの言葉を聞いて、無性に泣きたくなった。


「……母さん、気付いてるよね」


 もう、聞かずにはいられなかった。


「二人揃って様子がおかしいのと、栄治がまったくカメラに触らなくなったのを見れば、鈍感な大輔さんでもわかる」


 確かに、ハル兄と気まずくなって話さなくなったし、カメラを持って出かけなくなったから、気付かないほうが変な話だ。


「……聞かないの?」
「栄治は、聞いてほしいの?」


 質問に質問で返され、僕は、それに答えられなかった。
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