君の世界に触れさせて
 最後は、口紅。


 だけど、結構濃い色に見えて、私はそれを付ける勇気がなかった。


 代わりにリップクリームを塗っても、悪くない仕上がりだ。


 見た目が整うだけで、こんなにも気分が上がるなんて、知らなかった。


 髪型もアレンジしたかったけど、そこまではやり方を聞いていなかったから、櫛を通して終わった。


 スクールカバンを持って、部屋を出る。


 リビングに行くと、食卓で咲楽がトーストを咥えていた。


「咲楽? なんで?」
「依澄がちゃんとメイクできたか、確かめに来た」


 咲楽はトーストを置き、手を叩くことで、手についた粉を払う。


 そして私の前に立ち、じっと顔を見てきた。


 さすがと言うべきか、咲楽の身支度は完璧だ。


 逆に見惚れてしまっていると、咲楽が私の左目尻を親指で擦る。


「うん、上出来だね。後で髪やってあげる」


 微笑んで言うと、咲楽は席に戻った。


 今の笑顔が、私には無理して笑っているように見えた。


『咲楽ちゃんは寂しいんだね』


 昨日、柚木先輩が言っていたときには、咲楽が子供のように拗ねているようにしか見えなかった。


 私が咲楽の趣味に興味を示した理由が夏川先輩ということが、気に入らないのだと思っていた。
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