君の世界に触れさせて
「藍田さんは……お気に入りの写真を撮ってくれる人なら、誰でもいいんじゃないかな」


 自分の声を聞いて、僕は藍田さんに怯えているのだとわかる。


 なんともかっこ悪い話だ。


「そんなに夢莉がイヤ?」


 なにを言っても、藍田さんを傷付けてしまいそうで、喉が締まる。


『夏川栄治には他人を傷付ける覚悟がないから、若干優しすぎるけど』


 氷野の、言う通りだ。


 藍田さんを傷付ける覚悟を、決めるんだ。


「君よりも、撮りたい人がいる」


 昼休みの廊下なのに、周りの音が聞こえない。


 全ての意識が、藍田さんに集中する。


 藍田さんは俯いていて、どんな表情をしているのか、まったく見えない。


 すると、ため息が聞こえてきた。


「……わかりました。夏川センパイのことは諦めます」


 藍田さんは一瞥もくれず、教室に戻って行った。


 一人になって、ようやく息がてきたような気がした。


「情けない……」


 そう呟いて、僕は自分のクラスに戻った。


「おかえり、栄治。氷野ちゃんに殺されなかったみたいだな」


 なにがあったのかまったく知らない佐伯が、呑気に笑う。


「氷野には、ね」
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