君の世界に触れさせて
 ここまで思い出してくると、今日までカメラを触らないでいられたことが不思議でならない。


 こんなにも楽しいことを、どうして僕は辞めてしまったんだと思わずにいられない。


『楽しいこと、好きなことを我慢して、楽しくないことにしてしまうのは、きっと苦しい』


 あのとき母さんから父さんの言葉を聞いたときは、ただ納得しただけだったけど、今は理解できる。


 僕は、嫌なことがあって苦しかっただけじゃなくて、楽しくて好きなことができなくて、苦しかったんだ。


 そう思うと、一気に心が軽くなった。


 一人では抜け出せなかった沼から、古賀が救い出してくれた。


 今なら、僕は過去に向き合えそうだ。


「……ありがとう、古賀」


 唐突にお礼を言ったから、古賀はきょとんとしている。


 素直な反応に、思わず笑ってしまう。


 すると、スマホのシャッター音がした。


 その音がしたほうを向くと、スマホを持った氷野と、佐伯が冷めた目をして立っている。


「リア充かよ」
「アオハルかよ」


 氷野が先に言い、佐伯が悪ノリをして続ける。


「ちょっと咲楽、今の写真、消してよ?」


 古賀が氷野に近寄るが、写真を消されたくない氷野は、古賀から逃げていく。


 楽しそうに砂浜を駆けている二人のほうこそ、青春しているじゃないか。
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