君の世界に触れさせて



 海から寄り道することなく帰宅すると、すでにハル兄の靴があった。


 一気に心臓の音が早くなる。


 ここ最近の出来事から、身体が逃げたい衝動に駆られているけど、自分に“逃げるな”と言い聞かせながら、靴を脱ぐ。


 リビングが近付いてくると、母さんとハル兄の話し声が聞こえてくる。


「……ただいま」


 心臓が動きすぎて、上手く呼吸ができている気がしない。


 母さんはいつも通りに「おかえり」と返し、ハル兄は静かに僕を見る。


「おかえり、栄治」


 その絶妙な間が、怖かった。


 でも、逃げないって決めたから。

 ちゃんと向き合って、自由に写真を撮りたいから。


『私、夏川先輩の写真が好きです』


 古賀の言葉と、太陽のような笑顔が、僕の心を支えてくれる。


 彼女の笑顔を思い出すと、一気に心が落ち着いた。


「ハル兄も、おかえり」


 おかげで、僕は自然に、そう返すことができた。


 ハル兄は数回、ゆっくりと瞬きをする。


「栄治、なにかいいことでもあった?」
「まあ、少しね。そのことで話があるんだけど、ハル兄、時間ある?」
「まあ、あるけど……」


 ハル兄はまだ僕の変化に混乱しているようで、僕と母さん私交互に見ている。


 母さんはただ微笑むだけで、なにも言わない。


 僕たちのわだかまりには、関わるつもりはないみたいだ。


「じゃあ、僕かハル兄の部屋で話したいんだけど」
「遥哉の部屋にしたら?」


 そんなことを思っていたのに、母さんがそんな提案をしてきた。
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