君の世界に触れさせて
 僕を誘うには最適の言葉を使った佐伯は、にやりと笑う。


「栄治、やりたいって思っただろ」


 こういうときの佐伯は目敏いらしい。

 僕がわかりやすくなっているだけかもしれないけど。


 それにしても、からかう気しかない顔は気に入らない。


 僕は佐伯を一瞥し、歩くスピードを上げる。


「おい、栄治? 置いていくなって」


 そう言って、佐伯は部室に戻るまで、僕の隣を歩いた。


 矢崎先生と、撮影から戻ってきた部員が数名いた。


 僕が入ってきたことに戸惑う視線ばかりだ。


「夏川? どうして?」


 香田(こうだ)部長が代表して聞いてくるけど、僕はどう答えるのが正しいのかわからなかった。


「私が呼んだんです。夏川君、心は決まりましたか?」


 矢崎先生の表情は、どちらを選択しても構わないと言っているように見える。


 でもきっと、僕がどう答えるのか、お見通しなんだろう。


「……やらせてください」


 歩きながら導き出した答えは、それだった。


 まんまと佐伯の言葉に乗せられたわけだ。


「夏川君なら、そう言ってくれると思ってました」


 変わらない笑顔で言う先生を見て、僕は敵わないと思った。
< 69 / 151 >

この作品をシェア

pagetop