君の世界に触れさせて



 家の鍵は開いていたのに、リビングには人気がない。


 不用心だなと思いながら、いるはずの母さんの姿を探す。


「栄治、おかえり」


 母さんは二階のベランダに干していた洗濯物を取り入れていたらしい。


「ただいま。手伝おうか?」
「手を洗って、着替えたらお願いしてもいい? 今日、少し凝ったもの作っちゃって」


 母さんはリビングのソファに洗濯物を置きながら言う。


 僕は「わかった」と短く応えると、洗面所で手を洗ってから、階段を登って、自分の部屋に入った。


 僕の部屋の床には、衣類が散らかっている。


 恋人とのデート前、服に迷ったわけではない。

 クローゼットに服以外のものを詰め込んだ結果、こうなった。


 長時間過ごすには不向きなこの部屋は、僕だってキライだ。


 意識はクローゼットのほうに引っ張られるけど、必死に背を向けて、僕は部屋着に着替えていく。


 そして制服を壁にかけ、部屋の電気を切った。


 リビングに戻ると、母さんはもうキッチンに立っていた。


 僕が洗濯物を畳むのかと思ってソファに視線を移すと、綺麗に畳まれているどころか、分類までされている。
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