君の世界に触れさせて
 そこまで着替えに時間をつもりはなかったけど、母さんが洗濯物を畳むほうが早かったらしい。


「なにしてるの?」
「唐揚げ、揚げようと思って」


 母さんの姿が見えなくなっていたけど、カチカチという音がすることから、コンロに火をつけているのだろう。


「僕、やるよ」


 唐揚げで凝ったものとはどういうことだろうと考えながら言うと、母さんの嬉しそうな顔が見えた。


 キッチンに入ると、母さんから箸を受け取る。


「優しい栄治に、ご褒美あげる」


 ご褒美で喜ぶ歳じゃないと言うより先に、口になにかを入れられた。


 ほんのりと甘さが口に広がる。

 それで僕は、口に入っているのはチョコだと理解した。


「今日はなに作ったの?」
「ザッハトルテ。簡単に言えば、チョコケーキかな」


 母さんの趣味は、お菓子作りだ。


 凝ったのは夕飯ではなく、デザートだったらしい。

 今、僕に食べさせたのは、余った材料だろう。


「また、父さんが文句言いそう」


 油の中できつね色に変わった唐揚げを、いくつかひっくり返す。


「栄治もそう思う? まったく、大輔さんったらいつまで経っても、甘いもの好きになってくれないのよね。私、ずっとお菓子作りが好きなのに」
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