君の世界に触れさせて
「夏川栄治は、依澄のこと好きなの?」
「え……え?」


 声援に紛れて聞こえてきた言葉に驚き、氷野を見る。


 氷野は無表情のようで、なにを考えているのか、まったく読み取れない。


「だって、依澄には笑っててほしいって言ってたから」
「いや、まあ……そうだけど……でもなんで?」


 すると、氷野は懐かしそうに微笑んだ。


 僕の質問に答えてくれる気はないらしい。


「依澄の笑顔、見てると元気出るもんね。私もそうだから、わかるよ」


 そして静かに、氷野から笑顔が消える。


「でもね、中学時代の依澄は、全然笑わなかったんだ」


 氷野が言っていた“また”というのは、そういうことかと理解した。


 氷野の横顔には悲しみと、悔しさが滲んでいるように感じる。


 僕はその表情から、目がそらせなかった。


 楽しい空間の中で、僕たちは真逆の空気に囚われる。


「夏川栄治も言った通り、依澄の言葉は良くも悪くも伝わりすぎる。相手の心に刺さる」


 氷野の纏う空気から、言葉を発して相槌を打つことすら、はばかられた。


 僕はただ、首を縦に振る。


「でも、昔はあんなにはっきりと物を言うタイプじゃなくて、素直で明るくて、笑顔が可愛い子だったんだよ」


 素直で明るくて、笑顔が似合うことは、最近出会った僕でも知っている。
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