君の世界に触れさせて
 母さんは文句を言っているけれど、その声からは幸せそうな雰囲気を感じる。


「どうしたら食べてくれるかすごく悩んで、結局、ビターなお菓子をマスターしたのよね」


 母さんの声はどんどん弾んでいくけど、この話題は、僕には糖度が高すぎる。


 僕は「そうなんだね」なんて、適当にあしらうような言葉を使った。


遥哉(はるや)も甘いものは苦手みたいだし、結果オーライなのかもしれないけど」


 ハル兄の存在が口にされ、僕は一瞬固まってしまった。


 無意味に唐揚げをつつく。


「……そうだっけ」


 母さんならきっと気付くような、微妙な間。


 気付かないでと願いながら、会話を続ける。


「そうだよ。いつも、甘いお菓子を出したら不満そうな顔してたもの」


 その返しに胸を撫で下ろすと同時に、僕のほうが、違和感を覚えた。


 母さんは絶対、気付いている。気付いていながら、なにも知らないフリをしている。


 根拠もなくそんなことを思ったけど、確かめるのも怖くて、僕は目の前の油に集中することにした。
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