君の世界に触れさせて
「私はあのときの依澄の涙は忘れられない。どうしてもっとはやく、依澄を止めなかったんだろうって、後悔もした」


 氷野の抱く怒りは、バスケ部員に向けられているのか、過去の自分に向けられているのかわからなかった。


 氷野が少しだけ言葉を止めたことで、僕の耳に周りの声が聞こえてきた。


 こんなにも賑わっているのに、まったく気にならなかった。


「それから夏休みの間、依澄は部屋に引きこもってたんだって。私は会うこともできなかった」


 そのちょっとした間で氷野の心は落ち着いたらしく、話が再開される。


「それから夏休みが終わってからも、依澄は元気なくて。どう声をかければいいのかわかんないって依澄ママに相談したら、依澄ママが気分転換になるかもねって、ここの文化祭に連れてきてくれたんだ」


 氷野は僕を見て、穏やかに笑う。


 それはこれから話される内容が、苦しいものではないと教えてくれているようだ。


「そこで、依澄は夏川栄治の写真を見つけた。そのときからだよ。少しずつ、依澄に笑顔が戻ったの」


 僕にとって苦しいだけだった文化祭が、一気に特別なものに塗り替えられる。


 あれだけの地獄にいた古賀を、僕の写真が救った。


 その事実だけで、僕は写真を撮ってきてよかったと思えた。
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