桜ふたたび 後編
Ⅰ 営巣

1、サンタバーバラの密議

『彼を証言台に立たせるべきです』

天然チークのガーデンテーブルを挟んで、リンはジェイに迫った。

常に黒髪をきっちり引っ詰め、ダークカラーのスーツにハイヒール、タブレットPCを手に颯爽と闊歩するエグゼクティブ・アシスタントが、潮風になびくストレートロングの下ろし髪、白いカプリーヌにレモンカラーのサマーワンピースという、二度とお目にかかれないであろう爽やかな装いだ。

それなのに、せっかくの優雅なティータイムも、彼女には楽しむ気などさらさらないらしい。

アメリカで最も美しいリゾート地と言われる西海岸の街・サンタバーバラ。
太平洋を臨み、太陽が燦々と降り注ぐオーシャンビューのテラスには、陽気な花々が咲きこぼれているのに、何と無粋な女だと、ミツバチが羽を震わせ飛び去って行った。

『犯罪者を幇助したとわかれば、あなた自身が罪に問われます』

『今さら事を荒立てるつもりはない』

黒いサングラスをかけた端正な顔を海に向けたまま、ジェイは淡々と言う。

遠く水平線上に島影、広々と穏やかな碧い洋上に、ちょうど大きな潮吹きが上がった。

『それではただの横領事件に終わってしまいます。事件の全容をつまびらかにしなければ、あなたのダーティーなイメージは払拭されません』

やれやれと(たてがみ)のような栗毛の髪を掻きながら、ウイリアム・グラントが寝心地のいいラウンジャーから未練げに体を起こした。

額が狭い長方形の輪郭に鼻筋も口元も長く広い。長身でがっしりとした体躯、キリッと鋭い目の男臭い容貌だが、今は目尻に涙を溜め眠たげに緩んでいた。

友人のヴィラに滞在している休暇中の実業家、という設定ではあるけれど、赤胴色に日焼けした肌、ストライプの開襟シャツのはだけた胸元に銀のドッグタグペンダントまで覗かせて、本当に脳天気にリゾート気分を満喫していたでしょうと、妻役のリンの目が責めている。
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