桜ふたたび 後編
「ごめん」

としか返しようがない。

「ほんまやで」

菜都は、冗談めかしてほとほと勘弁してくれとでも言いたげな顔をして、

「ようやく澪さんに好きな人ができて、彼もとても大切にしてくれて、ふたりで幸せになるんやって、ほんまにほっとしてたんよ。あのとき、ああしてよかったんやって。それを──」

にわかに奥歯を噛み締め舌打ちをした。眉間を寄せて目を細め、昔の剣呑な顔つきになっている。

「あのおばはん、ようも呪いの言葉なんぞ残してくれはった」

澪が傷ついたように顔を背けたのは、呪いと言う単語だ。そう、澪は面前で呪詛された。

「澪さんのことや、彼女の言葉をまともに受けて、また変なこと考えてるんやないかって心配で」

そのために、わざわざ京都から駆けつけてくれたのかと思うと、胸が熱くなる。
菜都の言うとおり、結婚すると自分で決めておきながら、格差を理由に踏み出せないのは、心に貼られた呪符のせいかもしれない。人の幸せを奪った者は幸せになれない。

「ありがとう。でも大丈夫だから」

「澪さんの〝大丈夫〞ほど信用ならんものはない!」

菜都は怒ったように言う。

「言うたやろ? 誰にかて幸せになる権利はある。優しい加害者でも、嘘つきの被害者でも、弱虫の善人でも、裏切り者の偽善者でも」

ああっと、澪は目を開いた。六年間、誰よりも傷つき、心を痛めていたのは、菜都だ。

「いつまでも過去を引きずっていたら、周りの人間も引っ張られてしまう。澪さんが前を向かない限り、共に歩こうとしているジェイも苦しませることになるんよ。彼を幸せにしたいんやろ? それなら、いまは自分の幸せを考えて。彼の幸せは、澪さんが幸せでいることなんやから」
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