桜ふたたび 後編
「なぁ、晩御飯どうする? どこかいいお店、知ってる? 行きつけのお店とかないの?」

「ごめん。まだ外で食べたことないの。家食だから」

「あら、ごちそうさま」

惚気だと取ったのか、千世は戯けて返した。実は家でひとり飯という意味なのだけど。

「プリンス、舌が肥えてて大変そうやけど、澪はもともとお料理上手やったもんな。うちなんかさ、料理教室にも通ってたのに、和食作れば、京風はお上品ねっかってお姑さんから嫌味言われるし、フレンチでも作ろうもんなら、えらいハイカラな食べ物ねっかってお舅さんからクレームつけられるし、一生懸命考えた献立も、こんげな高カロリー高塩分、成人病のもとらればってお義姉さんに注文つけられるし」

「お義姉さん?」

「帰って来てるんよ。旦那がリストラされて」

千世は忌々しげに言った。

彼女とはイタリア旅行で一週間一緒だったけど、なかなかしゃきしゃきとしたひとだった。姑が婦人会会長なら、義姉はPTA会長。
千世の母親も兄ものんびり屋だから、イライラと見つめる目がこわかったことを思い出す。当のふたりはまったく意に介していない様子だったけど。

「旦那の仕事が見つかるまでとか言うてるけど、どうだか? 毎日愉しそうに畑仕事手伝うてはるし。あ~あ、このまんまあの人使いの荒い姑といけずな小姑とこましゃっくれた姪っ子にこき使われて、うちも越後の雪に埋もれてゆくんやわ」

シェークスピアでもあるまいし、千世はよよと崩れるようにテーブルに突っ伏した。
そして腕の中からくぐもった声で、

「そやからなぁ、澪、しばらく、泊めてもらってもええ?」

「もちろん、遠慮しないで、何日でも──」

とたんにパッと笑顔を上げて、

「おおきに! やっぱ、もつべきもんは友やなぁ」

さっさと残りのケーキを頬張った。
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