桜ふたたび 後編
千世は、周りのテーブルをキョロキョロ見渡して、ビジネスウーマンたちのファッションに目を輝かせた。
千世がイチ押ししただけあって、店はかなり流行っている。バレンシアの農家を思わせる明るく健康的な内装と、塩や水にもこだわる自然派スローフードというロハスなコンセプトが、流行に敏感な女性たちのハートを掴んでいると、彼女が持参した雑誌には紹介されていた。

一通り写真撮影を終えた千世は、澪の前のシュリンプのカクテルソースにフォークをのばして、

「ええなぁ、近くにこんな洒落た店があって」

「でも、東京は物価が高いしね。アルバイトもしたいんだけど、なかなか時間がなくて」

「なにしみったれたこと言うてんの、このミニマダム」

「だから、それやめてって」

「そやかて、生活費は当然プリンス持ちやろ? バイトなんてする必要ないやん」

「でも、せめて自分のお小遣いぐらいは自分でなんとかしたいし」

「プリンスのことやもの、あんたがちょっと甘えれば、なんでも買うてくれはるやろ」

「う……ん。でも、ジェイって金銭感覚がおかしいから……」

スーパーの玉子の値段を知らなくてもいいけれど、彼の場合一コ千円くらいだと思っていそう。生活費だと振込まれた金額が一年分だと思っていたら、今月も同額入金されていた。
たいていはサロンのお付き合いに消費されてしまうのだけれど、羽が生えたお札を虫取り網で追いかけては逃げられる夢に何度うなされたことか。

「プリンスからすれば、すぐ、もったいない、って言うあんたの方が、おかしいと思うてるわ。ほんまになぁ、何から何まで真逆やのに、そこがプリンスのツボにハマったんやろか? あの自己中が、あんたのことになると必死なんやし」

澪は首を捻った。千世が何を怒っているのかわからない。

「愉しそうじゃん」

いきなり背後から声をかけられ、澪は吃驚した顔を振り向けた。

「こんばんわ、澪さん」

会いたくない人に会ってしまった。
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