桜ふたたび 後編
そうしてジェイは、ニューヨークへ戻ってきた。

ジェイが復帰したことで、AXは今までにない高揚感に包まれていた。

これまでも神懸かり的な閃きと天授の交渉能力で、M&Aの魔術師と呼ばれAXの旗手として活躍を続けてきた彼は、いかなマスコミのバッシングを受けようと、カリスマ的存在に変わりない。

空席となったCEOに、スーザン・バーノルズが就任したとき、彼らは心の中で一斉にブーイングした。
トミーの不正を暴いた功績が認められての昇格だが、その情報がジェイによってもたらされたものであることは、誰の目にも明らかだったからだ。

それどころか、ジェイはCOOにも返り咲かなかった。マネージングディレクター。それが彼に与えられたポジションだ。

誣告によって名誉毀損されたジェイは被害者ではあるが、その後の対処が悪かった。
彼の沈黙に投資家の不安は煽られ、AX関連株は大暴落した。
株主に多大な損害を与えたこと、それが降格の理由だった。

『なかなか趣のあるオフィスですね』

オフィスフロアの片隅に急拵えで作られた手狭なブースで、復職を果たしたレオが愉快そうに言った。

大量の段ボール箱が整然と開かれ置かれ、ミーティングテーブルにPC数台という粗樸さだ。
ガラスパティーションから内部は丸見えで、防音性も低い。機密性がないどころか、これでは見せ物だ。
サンクチュアリと崇められた彼らに、今後は可視化しろという暗黙の意思表示だろう。

『寓居に過ぎませんから』

ファイルの背ラベルを確認しながら迷いなく仕分けてゆくリンの手に、復讐心のような力強さを見て、レオは同感と頷いた。

例の如くパンツのポケットに片手を突っ込んで、窓辺で空を見上げていたジェイが、さっと体を反転させた。

『それでは、始めよう』

彼の背後には目の覚めるような青空が広がっている。

リンとレオは、まるでメシアの復活を前にしたかのように、目を細めて仰ぎ見た。

スリルに満ちた毎日が、再びスタートしたのだ。
< 12 / 271 >

この作品をシェア

pagetop