桜ふたたび 後編
〈今日……〉

声が途切れた。

ジェイが何を告げようとしているのか、澪はわかっていた。わかっていながら、何も知らないふりをした。
そして彼女自身にも伝えなければならないことがあった。それなのに秘していた。

〈澪、私を愛している?〉

「愛してます」

〈約束してほしい。何が起きても私を信じると〉

声が切実すぎて、一瞬、迷った。

〈私を信じて〉

「はい」

電話の向こうで、安堵したような、疲れたような、長い吐息が聞こえた。

〈おやすみ〉

「おやすみなさい」

これから長い一日が始まるのに、おやすみというのは変だと、澪は薄く笑った。

あと数時間ですべてが変わる。それでもやはり朝は来て、そして夜を迎える。

澪はジッと鏡の中の自分を見た。いま映っている顔がどんなに醜悪でも、直視しなければならない。自分が選んだ道なのだから。

その日のうちに、フランス・ロイヤル・シェルグループと、アメリカ・AXグループの全面的な事業提携の合意が、各国のマスメディアに配信された。対岸の火事の日本では、経済新聞や業界紙に取り上げられただけだった。

折しもサロンでは、高東茉莉花の超豪華結婚披露宴の話題で持ちきりで、世界経済のビッグニュースに関心を持つ者はいなかった。
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