桜ふたたび 後編
時間が流れた。

澪は病室に移されたが、目覚めたとき、彼女を襲う悲劇を思うと、柏木も恭子も胸が痛む。

こう言うときに支えになるのは、同じ痛みを分かち合えるもう一方の当事者だけだと恭子にアドバイスされ、柏木は何度も連絡を試みたが、ジェイは捕まらない。
彼の活動は機密性が高く、特に最近は、複数の使い捨て携帯番号を使用しているようで、ようやくリン経由で電話があったのは、面会時刻の終了を告げられ、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にしたときだった。

〈どうした?〉

ジェイの声を耳にして、柏木は膝元から力が抜ける思いがした。

『澪さんが入院されました』

〈入院? なぜ?〉

柏木はごくりと唾を呑んだ。タクシーの窓外に、照明に浮かぶ病院の白い建物が遠ざかって行く。

『流産、されました』

〈流産?〉

電話の向こうに不気味な間があった。嵐の前の静けさとはこういうことを言うのだろうかと、身震いしながら柏木は次の言葉を待った。

〈澪の状態は?〉

『出血が酷かったため、すぐに処置が行われましたが、かなり取り乱されていましたので、今は薬で眠られています』

そしてまた不気味な間。ようやくジェイは絞り出すように言った。

〈今は戻れない。澪を頼む〉

電話はぷつりと切れた。柏木はがくりと項垂れた。
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