桜ふたたび 後編
「その件は後で説明する。とにかく、澪は何も心配せず、ここにいるんだ」

「それはできません。あちらの方が知ったらきっと傷つきます」

「澪が出て行ったら、私が傷つくとは思わないのか?」

澪はウッと怯んだ。
ジェイは澪の両手を自分の膝に押さえつけるように両手で握ると、

「とにかく、澪は私を信じていればいいんだ」

「でも、あなたが婚約したことは事実だし──」

「婚約は澪の方が先だった」

「だから、わたしとの婚約は無効になったんでしょう?」

「私は澪との約束を破ったことはない」

これでは堂々巡りだ。

ふたりの間に重い空気が流れた。

澪は腹を括ったように一つ息を吐くと、視線を床に置いたまま言った。

「それなら改めて、わたしとの婚約を解消してください」

「断る」

「わたしは、あなたが婚約したのを知っていたのに、子どもを産もうとしたんです」

「私が反対すると思った?」

澪は頭を振った。
世間的に許されない状況でも、ジェイは手放しで祝ってくれるだろう。そう信じていたのに、時が来るまで彼に隠そうとしたのは、澪の心の弱さだ。

「でも、あなたや婚約者の方を苦しめるとわかっていたのに……」

「子どもを望んだのは、私だ。澪を苦しめることになって、すまなかったと思っている」

「謝らないでください。欲張りな夢を見たわたしが悪かったんです」

「何が欲張りなんだ。私と幸せな家庭をつくるって約束だろう?」

「わたしではジェイの望みを叶えてあげられない。婚約者の方と幸せな家庭をつくってください」

「澪でなければ幸せな家庭などつくれない」

「わたしは……子どもを産めません」

「医者は問題ないと言った。今回は残念だったけど、自然淘汰で澪に問題があったわけではない」

「きっと赦してもらえない」

「誰に?」

「……神様に」

ジェイはゆっくりと瞬きをした。澪を見つめる瞳が、苦しそうに揺れた。
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