桜ふたたび 後編
千世は指でつまんだチョコステックを囓りながらさらりと言う。

「ほんまの父親、ヒモみたいな男やったらしい。彼女が働けなくなったとたん逃げてしもうたんやて。つわりがきつうても休まず働いて出産費用に貯めてたお金、全部持ち逃げして」

「ひどい……」

うんうんと頷いて、千世はホワイトチョコアイスクリームに蕩けそうな顔をした。

「それで、彼女と赤ちゃん、どうしたの?」

「両親と村を出ていかはった。武田に睨まれたら、あそこでは生きていけへんよ」

「可哀想……」

「自業自得やん! うちがどんな思いしたと思うてるの?」

「そ、そうだね、ごめん……」

「お父さんとお兄ちゃんは離婚やって京都へ連れ戻そうとするし、脩平は絶対に別れへんって言い張るし、お姑さんは部屋に引きこもってしまうし、稲刈りや新酒の仕込み時期や言うのにみんなトゲトゲしてもうて、修羅場やったんやから。脩平、東京に迎えに来たとき、目の下に青たん作ってたやん? あれ、お舅さんに殴られたんよ。温厚そうに見えて、怒るとえげつないひとやったんやわ。とにかく毎日針の筵よ。地獄を見たわ」

とにかく一件落着だけど、千世の気持ちが収まらないのは当然だ。復讐とかよからぬことを考えていなければいいのだけれど……。
ドキドキしていたら、千世はしんみりと言った。

「でもなぁ、彼女、家にお詫びに来たとき、言うたんよ。家財道具まで売り払われて、なあんもない部屋を見たとき、お腹の子が騙された男の子ぉやと思うたら、育てる自信がのうなってしもうたって。もう、堕ろせへんかったし、食うや食わずでどうしようもなくなって実家に帰ったら、両親に父親のこと問い詰められて、それでとっさに、脩平の名前を出してしもたんやて。武田の血なら文句言われへんのちゃうかって思うたらしい。そのうち自分でも脩平の子やて、ほんまに思うようになってしもうたって。そりゃ、めっちゃ腹は立つけど、なんやちょっと可哀想で。彼女も被害者なんやって」

武田は知っていたのかもしれない。優しいひとだ。その優しさが人をさらに傷つけることがあると、澪も今まで気づいていなかった。

「まあ、お義姉さんが、逃げたクズ野郎をとっ捕まえてきてくれて、弁護士も立てて悪いようにはせえへんって言うてくれはったし……。ほんま、お義姉さん、すごい行動力やわぁ」

千世は変なところで感心している。
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