桜ふたたび 後編
澪はルーフバルコニーへ出て、合わせた指先に白い息を吹きかけた。
パンジーやビオラが、冷たそうに真綿の花を乗せている。

見上げると、ぼんやりとした明るさの上に闇があり、そこから蛍のように雪がふっと浮き上がり、ゆらゆら舞い落ちてくる。ひとひら、ふたひらと頬に当たり、すうっと溶けて流れていった。

ジェイが今いる国には雪は降らない。サンタクロースもラクダに乗りタンクトップで現れるだろう。

──ああ、イスラムにはクリスマスはないのか。

澪は淋しく微笑むと、身震いをひとつ、両肩を抱きながら部屋へ戻った。

窓を閉め、カーテンに手をかける。窓辺に飾ったモミの木で、ペッパーランプが色を変えるたび、窓硝子に映る顔が色を変えた。

部屋のどこかでコトリと物音がした。澪は一瞬体を竦め、後ろを振り返った。
ツリーの点滅にあわせて、物影が浮かんでは消え、ひとりの頼りなさを募らせる。

澪は明かるさと音を求めてテレビを点けた。
リビングボードにはジェイの笑顔。千世からジェイの写真をせがまれとき、写メの一枚も持っていないことに気づいて、色鉛筆で描いた似顔絵だ。日に何度も眺めては、寂しさを紛らわしていた。

ワインと小さなブッシュ・ド・ノエルで似顔絵に向かって乾杯をする。
そのままソファーでうとうととしたらしい。電話の音にはっと時計を見ると午前0時だった。

「はい……」

〈Merry Christmas〉

寝ぼけた耳に、いきなりジェイの声が飛び込んできた。
< 145 / 271 >

この作品をシェア

pagetop