桜ふたたび 後編
窓の外は純白の雪景色だというのに、パリ・オペラ座そのままの豪華絢爛なボールルームには千名を超えるゲストが集い、難民救済財団のクリスマスチャリティーパーティーは熱気で汗をかくほどだ。

若く美しい婚約者をお披露目するジェイ。彼に寄り添い従いその横顔をうっとりと見つめるサーラ。誰もが羨む美男美女カップルに、ルナは暗澹とした。

失脚したジェイが、ロイヤル・シェルの後継者に納まるつもりだと、世間は風評している。
結局、彼も、愛より利を選んだのか。やはりアルフレックスからは逃れられない。

ベースキャンプにジェイから呼出状が届いたのは、二週間前のこと。説明は一切ない。フォーブルサンジェルマンの屋敷を発つとき、今夜のエスコート役の簡潔な紹介だけがあった。

〈リチャード・ルネ。モーリス共和国産業大臣の一人息子で、父方の祖父は独立運動の指導者と言われるインド系モーリス人。母親は砂糖農場を経営していた裕福なイギリス人資産家の娘。現在は一族で国の政治経済を牛耳っている。彼もインフラ事業を任されているが、彼自身は愛鳥家で自然保護活動家だ。苦悩するプリンスというところだな〉

〈私は彼に気に入られたらいいのかしら?〉

〈いや、君の趣味ではない〉

素っ気なく言ったきり、ジェイは妹に質問を許さなかった。

売れっ子ソプラニスト、エリカ・カイユのアリアが始まり、観衆の目と耳がステージへ向けられた。

真紅のトランペットラインドレスの歌姫は、ロシア南部出身。現在は調律師の夫と愛息とウィーンで暮らす、美貌の実力派ソプラノだ。リリコスピントのその声は叙情的で力強く、繊細に音量をコントロールして、高音を極上のピアニッシモで響かせ、聴衆を魅了する。

彼女が十八番のトスカのアリアを歌い終えたとき、拍手を送るルナにジェイが耳打ちした。

『もうすぐ殿下とクリスが来る』

ルナは半信半疑だった。この盛況ぶりで、取り巻きの多い二人と合流することなど不可能に近い。

『君の働き次第で、殿下が君の協会のスポンサーになってくれる』
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