桜ふたたび 後編
会場の外は嘘のように閑散としている。宮殿のような廊下の角を曲がると、その先は硝子張りの渡り廊下で、靴音が乾いた音を響かせるほど冷たい静けさに充ちていた。

その中程に、リンと密談を交わすジェイの後ろ姿があった。

『何を企んでいるの?』

リンが去るのももどかしく、背中に投げかけた質問に、ジェイは肩越しに表情のない顔を向けた。

『君にはするべきことがあるはずだ。せっかくのチャンスを無駄にするな』

『AX以外のスポンサーがつけば、私の縁談で脅迫されることもなくなるってこと?』

ジェイは硝子の外へ目をやった。雪は止み、澄んだ月明かりに照らし出された純白の庭園が、この世のものとは思えない幽玄の世界を創り上げている。

『澪は流産した』

──流産……?。

ルナは口の中で繰り返し、その言葉の意味に愕然とした。

〈大丈夫です。ジェイを愛していますから〉

あのとき、あれほど強い澪の声を訊いたのは初めてで、一瞬別人の声かと思った。
そう、別人格だったのだ。愛する男の子どもを身ごもり、母となる女の声だったのだから。

──何てことを……。

『私は澪を守るためなら、不義も悪逆も厭わない。地獄に堕ちろと言うのなら歓んで堕ちる。君も覚悟しておいてくれ』

顔を上げたルナの目前に、蒼白い炎をまとったジェイの烈しい背中があった。
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