桜ふたたび 後編
男は覆い被さるように襲いかかってくる。
澪は恐怖に青ざめてあたふたと床を這いずった。

「タ、タスケテ……」

「澪、澪、私だよ」

ガタガタと歯の根が合わない澪の前に、アースアイが現れた。

「ジェイ……?」

「ただいま」

澪は目を見開いたまま。

「どうした?」

「ひ、ひげ……」

口髭と鬚髯で鼻の下から顎下まで覆われて、まるで人相が変わっている。

「嫌い?」

澪は首を横に振るのももどかしく、子どものように彼の首に抱きついた。
ジェイはローマにいると決めてかかっていた。クリスマス同様、一人で新年を迎えるのだと諦めていた。今年最後のサプライズ。

「お帰りなさい」

「うん」

薄闇の中で、ふたりの鼓動だけが聞こえる。どんなにこの時を待ち焦がれただろう。たったひと月なのに、今回はずいぶん長かった。

唇が触れる。いつもと違うのは、髭のせい。澪はあまりのくすぐったさにたまらず笑い出した。

「ひげが」

ジェイは構わず耳朶を噛む。澪は身を捩って笑った。

「我慢しろ」

「だって……」

笑いながら、その声はやがて甘い吐息に変わっていった。
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