桜ふたたび 後編
ジェイがきつく抱きしめると、澪も精一杯の力で抱き返してくる。足を絡ませ、一毛の隙もないほどにふたりは体を密着させた。

澪の肌は吸い付くように柔らかい。触れていると、冷たい肌が見る間に温もって、しっとりと湿り気を帯びてくる。
そのうちに彼女の体が溶け出して、自分の肉体と融合するのではないかと、ジェイはしばしば幻想を抱いていた。

澪の手がそっと腕に触れた。ジェイの背筋にほろ苦い疼きが走った。
どす黒く盛り上がった創痕を見るたびに、澪はいつも決まって憂い顔をする。そして、お呪いだと、穢れを祓い取るように掌でさするのだ。

この傷は今まで犯してきた罪の代償だ。
情け容赦ない戦略に、家族を失った者もいる。精神を病んだ者もいる。命を絶った者もいる。

矜持はある。他人に何と言われようが、しょせんは負け犬の遠吠えだ。
〝all or nothing〞。どんな手法を使おうと、ゲームには勝たなければ意味がない。

ただ今は、他者を踏みにじって成功を手に入れて、澪に軽蔑されることが恐ろしくなった。
いや、誰かを傷つけようと、澪は蔑みはしないだろう。その代わり彼女自身が心を痛める。

〈勝つことだけが望み? 哀しいですね〉

その言葉が、ずっと心の奥に残っている。

ジェイは澪の額にキスをすると、肘枕をついて、幸せそうな澪の顔を眺めていた。
澪の口元がクスリと笑った。

「なに?」

「さっきは泥棒かと思いました」

「澪は危機管理がなっていないから、少し驚かそうと思って」

「いつも驚かされてばかり」

ジェイは声を上げて笑った。

「ローマには行かなくてよかったんですか?」

「私はもうCOOではないから。お陰で澪とニューイヤーを迎えられる。明日、旅行に出かけよう」
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