桜ふたたび 後編
「どこへ行くんですか?」

澪はピクニックに誘われたように愉しそうに尋ねる。

「温泉。一泊して、私は明後日の夜、バハルへ向かう」

澪がにわかに表情を曇らせた。

「どうした?」

澪は答えない。

「厭ならキャンセルするけど……」

釈然としない。何が気に染まらなかったのだろう。風呂と温泉は違うのか?

「もう少し、一緒にいられると思っていたから……」

澪はぽつりと呟いた。

ジェイは一瞬耳を疑って、それから感極まって澪を力一杯抱きしめた。
今までの彼女ならこちらが落胆するほどすんなりと納得していた。男の側からすれば、これくらいの我がままがかえって可愛らしい。嬉しさがつい軽口を叩かせた。

「バハルへ一緒に行く?」

「はい」

意想外の答えに、提案者の方が狼狽した。「ここで待っています」。そう返答されるものだと思っていたからだ。

今まで、澪を連れ出そうと言葉巧みに誘っても、彼女が首を縦にしたことはない。常なら快哉を叫ぶところだ。
だが、しかし、今回だけはどうしても、彼女を連れて行くことはできない。
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