桜ふたたび 後編
その寺は、海岸から切り立った山の、中腹にあった。

山道の入り口でタクシーを降り、ここからは古木の鬱蒼とした急斜面に間伐材を埋め込んだような階段を登ってゆく。
参道というよりうねった岨道で、辺りは薄暗く至る所にゴツゴツと尖った白い奇岩が地面から突き出して、風に揺れる木漏れ日を浴び、まるで岩の波から樹木が生えているようだ。

ようやくたどり着いた山門をくぐると、正面に小さな本堂があった。鄙びた寺で、本堂の傍に古い鐘楼堂と大師堂がある。

澪は、それが作法なのか寺務所に声を掛け、奥から出てきた作務衣の若い僧侶と、ずいぶん長い立ち話をしていた。
ようやく戻ってきた澪の両手には、いくつかの荷物が提げられていた。

「あの大師堂の奥を登って行くんですって」

澪は何も聞かない。そして何も言わない。

大師堂の奥の林、笹が足元に迫る細い土の階段を登る。地面はでこぼこと波打ちところどころで削れていて、背後を歩く澪が何度もまろびかけた。

登りきったところで急に目の前が開けた。

墓所だ。
海に開けた平地に、いくつもの墓石が並んでいる。一基ごとに山茶花の生垣で仕切られ、大きなものから小さなものまで、古いものから新しいものまで、その先に広がる銀鱗のような太平洋に向かって建てられていた。

海よりの風が吹いて、周囲の枯れ草が時雨のように鳴いた。

澪は頭を左右に墓所を見渡して、僧侶に教えてもらったのか、「こっちです」と歩き出した。
そうして崖近くまでやってくると、墓石に刻まれた文字を確認して、ジェイを振り返りにっこりと頷いた。
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