桜ふたたび 後編
墓石はまだ新しく、周りに雑草も枯葉もなくよく手入れされていた。

どこか現実味のない、生者の地と死者の地の境目のような不思議な光景に思えるのは、おそらく気持ちが追いついていないからだろう。

一年前、ジェイは実母の死を知った。

ジェイはそれまで、彼女に対する想いなど微塵も持ったことがないと思っていた。
しかし、あの日、確かに感情の揺れはあった。

だが、生母の存在を受け入れることは、ジャンルカ・アルフレックスの基盤を失うことに等しい。自分はル・コント(フランス貴族)の血脈 マティルダの息子でなければならない。そのために全力疾走を続けてきたのだから。

そのことを、澪の生い立ちを聞くまでは忘れていた。いや、フォレストヒルズで兄から蔑みとともに告げられた真実を、記憶から完全消去して、都合良くフォーマットし直してしまっていたのだ。

その危うさに、澪は気づかせてくれた。
澪は、ときに傷つき絶望しながらも、己の原点から目を背けず、否定も虚妄もしなかった。

彼女に出会わなければ、このまま一生、アルフレックスという卵の中で、課された生き方を疑うこともなく、自らの手で殻を破ることもなく、偽の人生を演じていっただろう。
自己欺瞞で作り上げた人生など、いずれ崩壊する。いや、すでにどこか精神が壊れていたのだと思う。

すべての枷から自らを解放して、澪と新たな人生を構築してゆく。そのためには、根幹から歪みを矯正する必要があった。

だが、実際に墓前に跪いたとき、どんな感傷が我が身を襲うのか。自分は乗り越えられるのか。
ことここに及んでも、情けないほどの葛藤があった。
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