桜ふたたび 後編
ミロシュビッチは、先刻と変わらぬ体勢で大儀そうに頷くと、丸二日をかけて戻った腹心に、労いの言葉を掛けることもせず、低い声で言った。

〔モーリスが欲しい〕

〔その件はお忘れになった方が宜しいかと〕

常に顔を伏せて、話し相手とまともに目を合わせないのが彼の癖だ。

〔罠かもしれません〕

ミロシュビッチは重そうな瞼に嘲笑を浮かべ、

〔罠? 誰がわしに罠を仕掛けると言うんだ〕

アランは顎を引いたまま、視線だけを会長に向けた。

〔無論、発案者です〕

〔唐沢か? 唐沢がわしを陥れて、何の得がある〕

──ありすぎるだろう。

表ではオホーツク海の海産貿易、裏では密漁船や密輸に荷担して、彼らに不利益を与えている。極東油田の基盤整備プロジェクトに多額の援助資金をせしめながら、密かにパイプラインを中国へ通そうとして失敗、計画を頓挫させた。

ミロシュビッチはむっくりと上体を起こし、打って変わって激しい口調で言った。

〔わしをいつまでこんなところに閉じこめておくつもりだ!〕

──確かに、こんなところは人の住むところではない。
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