桜ふたたび 後編
〔モーリスは、近年イギリスの植民地政策から脱却して民主化を成し遂げたわけですが、先住民とイギリス系住民との支配関係は根絶されておりません。貧富の差は激しく、不当な労働条件の改善と職を求めるデモが、連日のように起こっています。強いリーダーシップもなく、新たな利権の奪い合いで政局が極めて不安定です。このままでは内部から崩壊し、貴重な天然資源を狙う他国の内政干渉によって、再び植民地化されるのは目に見えています〕

「うむ」と、ミロシュビッチは唸った。

〔あの国には傀儡師が必要なのですよ。あなたのような影の実力者が。これは最高機密ですが、血気盛んで優秀な若者たちが、王政復古を目論んで、すでに準備を行っています。ロシアの白熊と畏れられたあなたが後ろ盾となってくだされば、あの国が新しい夜明けを迎える日は近いでしょう。種は充分蒔いてあります。どうですか、南洋の真珠貝を釣り上げてみませんか? これから大発展する東南アジア市場進出の足掛かりとして〕

〔そう簡単にはいかない〕

〔そうでしょうね〕

と、唐沢は呆気なく引き下がると嘆息した。

〔オアシスのプリンスも、ジョイントベンチャーを立ち上げて、開発計画に乗り出すそうです。まあ、いずれ目敏いアメリカが、対中国への牽制で何かと難癖を付けて政治介入してくるでしょう。そうなると我々はまた、ホワイトハウスの機嫌を窺わなければならない〕

ミロシュビッチは黙り込んだ。空になったグラスの中で氷が溶けるのも気づかず、じっと思案している。

唐沢はウォッカグラスを差し替えながら、そっと耳打ちした。

〔ロシア検察が近々動くそうです。あなたは目立ち過ぎた。あなたの財産を彼らは没収するつもりです〕

ミロシュビッチは眦を上げた。

〔没収? 何の権利があって、わしの財産を奪えるんだ〕

〔理由などいくらでもでっち上げられます。税金滞納分支払いのための保全処分だとかね。それが国と言う権力です。次の大統領選挙に向けて、あなたのような存在は邪魔なんですよ。安心してください。スペツナズ(ロシア軍最強の特殊部隊)でも、まさかあなたを暗殺しようなどとは思わないでしょう〕

唐沢の脅しにミロシュビッチは苛々とグラスを煽った。

〔このお話はここまでにしましょう。もし大きな買い物をする気になられたら仰ってください。確実に手に入れる秘策をお教えしますよ〕
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