桜ふたたび 後編
街の明かりが流れ出す。窓に映った虚ろな顔が、ふと泣き笑いのような表情を浮かべた。
──残酷な方。
謝罪するチャンスも与えられず、夜霧の街にぽんと邪険に放り出され、進む方角は自分で決めなさいと、突き放されてしまった。
今まで、進む道は両親が示してくれた。ジェイとの結婚も、敬愛するふたりが選んだ運命のひとだと疑いもしなかった。
だから、婚約者を愛しているかと問われたら、何の躊躇いもなく「ui」と答えただろう。
おとなで洗練されていて知性的でハンサムで、友人も羨むパーフェクトな男性。
両親の決定に従っていれば、絶対に間違いがない。自分も母のように、夫となる彼に生涯従順な妻でありたいと、心から願った。
あの運命の出会いさえなければ……。
リチャード・ルネ。彼とはじめて会ったのは、ジェイの婚約者として参加したクリスマスパーティーだった。
翌日、ジェイと待ち合わせたレストランの前で、ドーベルマンに吠えられて恐ろしい思いをしていたのを、偶然彼に助けられ、それがきっかけで、密かにデートを重ねるようになった。残り一週間になった彼のパリ滞在が、少しでも楽しい思い出になりますようにと。
初めて行ったオーガニックマーケットで、かわいい恋人たちだとたくさんおまけしてもらった。パン屋のテラス席では、一輪の赤いチューリップを少女がプレゼントしてくれた。古い映画館での突然の停電に、震える体を抱きしめてくれた。凱旋門でカウントダウンの花火を見て、シェルブール行きのRERに乗って、誰もいない海辺で将来の夢を語り合った。
木訥で優しい彼は、理想を追い求めて現実を嘆き、おとなになることを拒んでいるような繊細なひと。こちらが抱きしめて守ってあげなければ壊れてしまう。それはサーラにとって生まれて初めての感情だった。
──残酷な方。
謝罪するチャンスも与えられず、夜霧の街にぽんと邪険に放り出され、進む方角は自分で決めなさいと、突き放されてしまった。
今まで、進む道は両親が示してくれた。ジェイとの結婚も、敬愛するふたりが選んだ運命のひとだと疑いもしなかった。
だから、婚約者を愛しているかと問われたら、何の躊躇いもなく「ui」と答えただろう。
おとなで洗練されていて知性的でハンサムで、友人も羨むパーフェクトな男性。
両親の決定に従っていれば、絶対に間違いがない。自分も母のように、夫となる彼に生涯従順な妻でありたいと、心から願った。
あの運命の出会いさえなければ……。
リチャード・ルネ。彼とはじめて会ったのは、ジェイの婚約者として参加したクリスマスパーティーだった。
翌日、ジェイと待ち合わせたレストランの前で、ドーベルマンに吠えられて恐ろしい思いをしていたのを、偶然彼に助けられ、それがきっかけで、密かにデートを重ねるようになった。残り一週間になった彼のパリ滞在が、少しでも楽しい思い出になりますようにと。
初めて行ったオーガニックマーケットで、かわいい恋人たちだとたくさんおまけしてもらった。パン屋のテラス席では、一輪の赤いチューリップを少女がプレゼントしてくれた。古い映画館での突然の停電に、震える体を抱きしめてくれた。凱旋門でカウントダウンの花火を見て、シェルブール行きのRERに乗って、誰もいない海辺で将来の夢を語り合った。
木訥で優しい彼は、理想を追い求めて現実を嘆き、おとなになることを拒んでいるような繊細なひと。こちらが抱きしめて守ってあげなければ壊れてしまう。それはサーラにとって生まれて初めての感情だった。