桜ふたたび 後編
窓辺にひとり佇んで、薄曇りの空を眺めているジェイの姿に、リンは気づかぬふりをして、手元の資料をデスクの上で整えファイルに綴じた。

辛いと思う。しかし今は、釣果を待つしかない。

ドアが開いて、ブロンドに戻ったニコが笑顔で飛び込んできた。

『食いつきましたよ! アランがモーリスに渡りました。これでFMTから注意をそらせる』

『唐沢も一緒?』

急いたリンのデスクから、書類の束がはじかれ床に落ちた。

『もちろん。今晩、大使館で開かれるパーティーで、アランをルネ大臣に引き合わせたあと、極秘に義勇軍のリーダーに面会させる。流石にやり手だ』

『あまり先行されると、バハルとの連携が悪くならないでしょうか?』

『そうかな? 遅すぎてもクレムリンとの調整がとれないでしょ』

ジェイはふたりの興奮を抑えるように、デスクに腰を据えた。

『そう簡単に食いつく相手ではない。もう一度餌をつついて安全を確認するだろう。もう少し囲み網を締めておく必要があるな。柏木の手駒を使って、クレムリンには金石議員に登壇していただこう。リンは予定通り、PMSのペテルギウスからの撤退をマスメディアにリークして、アブラモビッチを喜ばせてやってくれ。彼の恋敵の上海のレディは、李大人が丁重にもてなしてくれる。ニコは引き続き監視を。ここからはタイミングを外さないように、慎重に一手先を打ってゆく必要がある』

ふたりは計画を再確認するように大きく頷いた。

密やかに髪の毛よりも細く蜘蛛糸のようにしなやかに張り巡らされたいくつもの罠。獲物はすでに内にいる。本人たちはそうと気づかずに。
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