桜ふたたび 後編
サーラ・デュバルはエリゼ宮の会談の後、出奔した。

両親が八方手を尽くし、ようやくオランダ・ハーグの片田舎に愛娘を捜し当てたのは、それから五日後のことだった。
食器さえ洗ったことのない令嬢が、小さな古アパートで青年と肩寄せ合って暮らしていたことに、両親は衝撃を受けた。

配下の手によってバビルソンの古城に連れ戻された娘は、すっかり変貌していた。いまどきの騒がしい若者たちのようにユニセックスなジーンズスタイルで、父の自慢だった美しい髪も無惨なショートヘアとなっていた。

何が娘をそうさせたのか。
妻は結婚前の女性によくある気鬱だと言っていたが、家出して男友達のアパートに転がり込んでいたなど、世間に知れれば家名の汚れになる。何とか隠蔽しなければならない。

《デュバル家の自覚を持ちなさい。婚約者のいる身で軽率な》

父は、貴族の面影を残した書斎のソファーで、怒りにざわつく心を抑えて言った。

娘は、父の前に立ったまま乾いた口調で言った。

《あの方は私を愛してはいないのです》

《この結婚に愛は必要ない。すでに母親になろうという者が、何を言っている》

父の本心に娘は悲しい薄ら笑いを浮かべ、女のふてぶてしさで告白した。

《お腹の子の父親は、あの方ではありません》

父は絶句した。俄には信じがたい。天使のような我が娘の口から、悪魔のような所業を告白されたのだ。

《父親はリチャードです》

父は初めて娘を打った。地獄に落ちる大罪、耳にするのもおぞましい。
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