桜ふたたび 後編
──桜はとうに散ってしまった。

ジェイはデスクに両肘をつき、額の前で指を組み合わせた。
誕生日にカードの一枚も贈らないフィアンセに、澪は心を痛めているだろう。酷いことをした。精神的に追いつめられて、また病気が再発していなければいいが……。

『珍しいこともあるものだ。君がお祈りか?』

ウィルがいまさらながら入ってきたドアをノックした。笑い顔の後ろから、リンが気の毒そうな表情を押し込めて、事務的に報告した。

『アブラモビッチに逮捕状が出ました』

『君の狙い通り、アランを出し抜こうとペテルギウスに食いついて、エリクソンとのホットラインを再開しようとした。FSB(ロシア連邦保安庁)の思惑に嵌まって隠し資金を動かすなど、馬鹿な奴だ』

ウィルは、朗報にも顔色を変えないジェイに、少し不満げな顔をした。

『アランは?』

『リークした武器の横流し疑惑で帰国できず、スイスで様子をうかがっている。証拠はきっちり残しておいたから、二度と表舞台には立てないだろう。裸の王様になったミロシュビッチは、モスクワに向かったそうだ。まだ勝てるつもりでいるらしいが、逮捕は時間の問題だ』

むろん、最高レベルの弁護士団があの手この手で無罪を謀るだろう。自分ならどう料理するか、ウィルは頭の中でイメージした。

『日本もクレムリンとの直接通商交渉に入ったそうよ』

『一民間企業に外交のイニシアティブを握られるなど、両国政府の面子は丸潰れ、先行投資した日本企業は死活問題だったからな。唐沢も面目躍如というところか』

『でもこれで、ミロシュビッチはサハには戻れない。ヤクートの息子には申し訳ないわ』

『まさか、親の敵を討たせてやろうと考えていたのか?』

リンは当たり前でしょうと頷いた。
先祖代々の土地を奪われただけでなく、父を殺害され、母を凌辱されあげく麻薬で廃人にされた。殺しても殺し足りないだろう。

ウィルは身震いの真似をして、

『バハルの方は?』

『モーリスが起爆剤となる。指南役のシェイク・アブドラが、すでにモーリス政府にコンサルタントを送り込んで、通信基幹はFMTとPMSが、インフラ整備はミツトモとゼネラルオイルがバックアップする計画を進めている。次世代の地球資源を有する最先端テクノロジー国家という理想郷創造に、固いタッグを結んだSAMとロイヤルシェル、ミツトモの関係は、バハルプロジェクトにも生かされるだろう。これで後継者争いはシェイク・アブドラの一歩リードだ』
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