桜ふたたび 後編
「もともと結婚は、向こうのお母さんが乗り気だったんです。最初から結婚ありきって感じで。わたしも普通の家庭を持ってママを早く安心させたかったっていうのもあって、押し切られてしまって」

普通の家庭が欲しかった──。彼女も身の上に悩みながら育ったのだろう。負けず嫌いを感じさせるのは、周囲の偏見から心を守るためだったのかもしれない。

「ほんとのこと言うと、ちょっと早まったかなって後悔してました。まだ二十四だし、ヴァイオリンの勉強ももっとしたかったし。それにね、彼、いつもわたしの意見を優先させてくれたけど、よく考えると、何でも丸投げにするひとだったんですよ。だから、デートの行き先も決められないし、レストランの注文ひとつ時間がかかっちゃう。すぐにお母さんに相談するし、お母さんからのラインにも♡がいっぱい付いてて、ちょっと引くでしょう? 今回もね、ママと一緒にアメリカに行くんですって」

すらすらとくさす悠璃の口調は、未練や恨みは感じられず、どちらかというと面白がっているようにさえ聞こえる。

「それに、記事が理由じゃないんですよ、きっと。だって彼のお母さんこう言ったんです。ご両親は離婚されたのだと聞いていましたのに、騙されたのはこちらの方です。嫁の出自で息子の将来に傷がついたら大変ですから、って」

心ない言葉に、悠璃の怒りの口調以上に、澪は腹を立てていた。

悠璃には何の罪もない。もし責められる者がいるとすれば、父だろう。
璃子が懐妊したとき、離婚して本来あるべき所に戻っていれば、悠璃は〝普通の家庭〞を意識することもなかった。こんな酷い言葉を投げつけられることもなかった。

だからと言って、父は責められない。
彼が離婚を思いとどまったのは、愛する女性と生まれてくる子を、妻から守るためだっただろう。
鎌倉の家が悠璃の存在をひた隠したのも、彼女の口を警戒してのこと。悠璃が稲山の孫であることが世間に知れたら、政治家として大きなダメージになってしまう。

母は、彼のためなら子どもを犠牲にしてでも非道になれるし、奪おうとするものには容赦しない。母でもなく、妻でもなく、とことん〝女〞なのだ。
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