桜ふたたび 後編
「何してるの!」

鋭い叫び声に、パッと女の手が離れた。
地べたに崩れゴホゴホと咳き込む澪の背後を、靴音が逃げて行った。

「み、澪さん、しっかりして!」

肩に手をかけ、荒い息とともに呼びかける声に、澪は朦朧と目を上げた。

「キョウ・コ・さん?」

「ケガは? 痛いところは?」

自身の衣服の乱れも目に入らないほど必死の形相で、恭子は澪の体に忙しなく視線を這わせている。

澪は両手で喉を押さえて、大きく深呼吸をした。
パンプスが脱げて足の裏を少し擦りむいただけ。右手の爪に付いた血は、相手の腕を引き剥がそうとして引っ掻いたものだろう。

「いえ、大丈夫です」

「あ……あ、よかった」

恭子はへなへなと腰を抜かした。

「助かりました。本当に」

「け、警察」

喘ぐような自分の呟きに命令されたかのように、恭子はバッグからスマートフォンを取り出した。その手がわなわな震えている。見ると顔面蒼白だった。

澪は恭子の手をそっと押し戻し首を振った。
恭子は察したように、それでも納得いかないと奥歯を噛んでいる。

これは警告。命まで取ろうとは考えていない。
大ごとにすれば、ジェイに迷惑がかかる。相手も澪が通報しないことをわかっているのだ。

それに、ようやく当人をターゲットにしてくれて、これで周囲に不当な攻撃をされる心配も無くなった。
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