桜ふたたび 後編
「恭子さん、なぜここに?」

柏木の自宅は高井戸だと考え至るほど、澪は頭が回っていた。人はギリギリの危険に遭うと、逆に冷静になるのかもしれない。

「あ?」と、顔を上げた恭子は、澪の瞳に気が緩んだのか「は……あ」と大きく息を吐いて首を折った。
それでも聡明な彼女は、胸に手を当て呼吸を整え、うんと頷いた。顔色はなくしたままだった。

「柏木がブラジルに発つ前に、澪さんのことをとても心配していたんです。アルフレックスさんがお戻りになるまでは用心してくれって。だから、ときどき、様子を拝見させていただいていました。すみません、ストーカーみたいな真似をして。でも、まさか、こんなことが本当に起こるなんて……」

恐怖が蘇ったのか、危険が去って安堵したのか、恭子の目尻にうっすらと涙が滲んでいた。

澪は胸の中がぽおっと温まる心持ちを覚えた。
恐ろしい体験をしたけれど、ジェイと紡いできた糸が、こうして守ってくれている。そう思うと、ありがたくて、嬉しくて。

人間関係がこわくて、暗闇に膝を抱えていた澪に、ジェイが手を差し伸べてくれた。何度も立ち止まり蹲りそうになる澪を、彼が引っ張ってくれた。今は遠く離れているけれど、その手の感覚はきちんと刻み込まれている。

──大丈夫。ひとりじゃない。

澪は膝を払って立ち上がると、恭子に手を差し伸べた。

──今夜はみんなの心をお守りに眠りにつこう。
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