桜ふたたび 後編
タクシーの車窓にマンハッタンの街並が流れてゆく。ショーウインドーに反射した光が、規則正しくジェイの瞳に映り込んでいた。

光の中を歩く人々は、生命力に溢れ健康的に見えるが、一歩薄暗い路地に入ればみなどこか病んでいる。この街は現代社会の縮図だ。病巣を抱えていながら、症状が慢性化して痛みに麻痺している。
ジェイもまた、最近まで己の心の病に気づかなかった。

巨大なビジネスビルが視界に現れたとき、電話が入った。
ジェイは静かに頷いて電話を切ると、「Check」と思わず声にした。

──長かった。

いや、これだけ濃厚で綿密なミッションを、一年という短期間のうちに実現させたのだ。
後半はタイムリミットとの戦いだった。
どれか一つでもタイミングを外せば、全ての目論見が表面化し、作戦は不首尾に終わっただろう。

駒は取り尽くした。チェックメイトは目前だ。

──もうすぐ澪に逢える。

昨年の一連の事件は、盗聴やハッキングへの対策不足にあった。ジェイの行動が敵に筒抜けになっていたのだ。
それを逆手にとって今回のプロジェクトは進められていた。

少しでも疑われればすべて水の泡。
そのために、彼は最も大切なものを犠牲にしていた。

タクシーを降りたジェイは足を止め、目前のビルを見上げた。

雲を映す無数の窓の向こうには、今日も何万人というビジネスマンたちが生きている。民主主義という自由と平等の理念を声高に唱えながら、カジノ資本主義という競争原理で超格差社会のパララックスを創っているのだ。

一攫千金、金を得た者だけが、すべてにおいてヒエラルキーの頂点となる。

──勝つことだけが望みか? 君たちも寂しいな。

そう笑って戻した視線が、エントランスから出てきた男の顔に止まった。

相手もこちらに気づき、近づいて来る。
サーラ・デュバルとの破談以降、兄弟が顔を合わせるのは初めてのことだった。
< 203 / 271 >

この作品をシェア

pagetop