桜ふたたび 後編
『だいたい、なぜお前が社外監査委員として出席しているんだ。AXファンドCOOのお前が』

エルモは己の言葉に歯がみした。一年前、彼の解任を提議したのは自分だった。

『彼は独立性という要件を満たさない。無効だ』

『私はシェイク・アブドラ、フィリップ・ド・デュバル両名の要請で、監査委員代理として、取締役会過半数の承認を得て出席しています」

フェディーとマティーは憮然と息子を見上げている。
SAMとロイヤル・シェル、合わせれば29%の株を保有している。株主こそが主権者だ。

一年前、AX株の暴落に乗じてアブドラがかなりの株を買い占めたことは、エルモも聞知していた。
その頃からジェイは、AXの実権を握ろうと周到に下ごしらえをしていたのだ。いや、下落も彼が仕込んだのかもしれない。
さらにフィリップまで手懐けていたとは、彼を平伏させるために用意した最終兵器を逆手に取られた。
そのうえ、陰で取締役会や監査役会の連中まで抱き込んで、転んでもただでは起きない恐ろしい男だ。

『背任行為だ!』

子供じみた悪あがきと周囲の失笑を買い、エルモは歯がみした。

『私は先ほどAXを退職しました。すでに顧問弁護士がすべての手続きを完了させているでしょう。訴訟を起こされるのならいつでもどうぞ』

『今、何と? AXを退職したと?』

狼狽えるテーブルに、エルモは怒り心頭に発した。
ジェイの退職が、会長の辞任よりショッキングなのか? 彼の存在なくして、AXの繁栄は有り得ないとでも考えているのか?

『ご安心ください。バハルリゾートに関する基本合意は完了しました。取締役会の承認があれば、あなた方の利益は、人生をリタイアするまで枯渇しない』

ジェイはどよめきを片手で制し、父に向かって言った。

『指名委員会によって解任が決定される前に、取締役会会長の辞任をお願いします。それが長年AXに貢献されたあなたへの、せめてもの報謝です』

そして、いつもの有無を言わさぬ口調で、

『議長はお疲れのようだ。本日はこれで散会します』

『議長はまだ閉会を宣言していない!』

異議を無視して、次々と出口に消えて行く頼り甲斐のない連中を、エルモは恨めしく見つめるしかなかった。
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