桜ふたたび 後編
ジェイはじっと父を見つめたまま、背後の澪をおもむろに自分の前に引き出した。

突然の行動に澪が蹌踉けた。

反射的に手を差し伸べたフェディーの目の前で、艶やかな黒髪が揺れた。

『すみません』

顔を上げたその明眸の美しさに、フェディーは目を奪われている。ふと惹きつけられたように、彼は澪の胸口に視線を向けた。

『これは……』

瞠目する瞳にジェイは静かに頷いた。
生母の遺品のカメオだ。迎えに行くレオに言付けてあった。澪は真意を察して、ブローチを着けてきた。

ふいにフェディーの顔が歪んだ。古傷が寒さに疼くような痛みを伴った表情に、ジェイは自分まで胸を締めつけられる思いがした。
彼は彼女を忘れてはいない。いや、面影は記憶から消えても、そのとき確かにあった愛と苦しみは、彼の胸臆に深く刻み込まれていたに違いない。

『私が望むのは、彼女の幸せだけです。そのためなら惜しむものは一つもない』

辛そうに哀しく瞳を揺らすフェディーに、ジェイは低く告げた。

『私は、あなたと同じ道は歩かない』

それからジェイは、フェディーの肩越しにのぞく、憎々しげに戦況を見つめているエルモに向かって言った。

『今後、彼女の関係者に圧力をかけるようなことがあれば、そちらにも相応の犠牲を払っていただきます。そのことをお忘れなく』

エルモの全身に戦慄が走った。
これは脅しではない。己の目的のためなら、父の不正を暴きAXを踏み台にする男だ。彼女を傷つけた者は必ず倍の報復を受けることになるだろう。
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