桜ふたたび 後編
Ⅱ ゆく夏の花火

1、伯父の怒り

「ただいま」

玄関で靴を揃えながら、澪は首を捻った。いつもは伯母の春子が「お帰り」と明るく返してくれるのに、家の中はしんと静まり返っている。
どこかへ出かけたのだろうか? それにしてももう夕飯時だ。確か茶の間の窓は明るかった。

怪訝に茶の間を覗いて、澪はたじろいだ。
座卓を挟んで伯父の誠一となずなが対峙している。テレビもつけず、食卓には伯父愛用の湯飲みが一つ、晩御飯の形跡もない。

両手を膝の上に揃え頭を垂れて正座したなずなは、視線だけを上げて澪の姿を確認すると、子どものように半べそをかいた。

「澪、こけ(ここに)座りやんせ」

胡座をかき腕組みをして目を瞑った伯父は、見るからに不機嫌そう。

澪はなずなの横に膝を正し、心配して彼女の顔をうかがった。
髪を明るくカラーリングして軽くウエーブをかけ、薄ピンクのマニキュアを塗っている。いまどきの女子大生だもの、このくらいのおしゃれは当然だと思うけど、五段の剣道人である誠一は、化粧の匂いを嫌う。

「わい(お前)、東京でないをしてきたんか?」

突然問われ、澪は絶句した。てっきりなずなが叱られているものだと、完全に油断していた。

「わいもよか大人じゃ。どこでだいと(誰と)付き合うっと、おいが口を出すことじゃなか。じゃっどん、嫁入り前ん娘がふらふら男に会いけ行ったぁ、おいは好きじゃなか」

「すみません……」

澪はなずなと同じように頭を垂れた。

「そいに、相手は外国人じゃちゆじゃらせんか」
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