桜ふたたび 後編

3、砕けたガラス

病院のカンファレンスルームで、ホワイトボードの前をアレクが檻の中の虎のように歩き回っている。
シルヴィは細長い円卓に肘つき両手を組み合わせ、ジェイは窓際の壁に腕組みをして背を凭れじっと考量していた。

用心していた。結婚式の日取りは厳秘にし、澪の外出には充分注意を払っていた。そのために不本意ながらルナというボディーガードまで付けていたのに、いったいどこで漏れたのか。

身内でないとすれば、使用人か。しかし雇い入れには、ファビオが徹底的に身元調査して、守秘義務を宣誓させている。
外部に漏れたとすれば、パーティーの準備段階で出入業者に顔を見られた可能性はある。結婚公示後(カソリック教会では、結婚前に婚姻者の公示をし、他者に異議を問う)は目をつけられやすいと、澪を屋敷に預けたのは失敗だった。
いや、日曜礼拝が拙かったか。教会関係者にまで容疑を膨らませると、ターゲットを絞り込むのは難しい。

──犯人などどうでもいい。澪が無事なら。

ドアの音に、アレクが歩くのを止め、シルヴィの祈りも中断された。

ウィルの肩に支えられ、水色の病衣を着た年配男が入ってきた。
俯いた顔に生気はなく、ウィルに身体を預けるようにふらついている。

ウィルが男を椅子に座らせるのと、ジェイが男の肩を掴むのと同時だった。

“澪はどこだ?”

男の体は力無く、上体が椅子の背もたれに当たってグラインドして戻ってくると、白髪の混ざった頭を前後に揺らした。

ウィルがジェイの手首を掴んだ。

『医者に無断で連れてきたんだ。あまり無茶をするな』

“申しわけ……せん……”

虚ろな目を上げ男が呟いた。

“澪はどうした? 何があった?”

男は緩慢な動きで首を振った。それから何度か口をもぐもぐと動かしてから言った。

“いきなり……”

それから男は目をつむって考え込んだ。答えを待つジェイの背後で、

『眠るな!』

ウィルが声を上げた。まさに眠り込む直前だったのか。さすが元CIA。
男は鋭い声に大きく目を見開き、明らかに先刻とは違った表情で、周りをきょろきょろと見渡した。
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