桜ふたたび 後編
翌日、ジェイは自室のロッジアから夜空を見上げていた。
無数の星が瞬いている。それなのに、澪の指に光る星は見つからない。

ジェイは思わず顔を覆った。

犯人が乗っていた車と同型のレンタカーが、トリノ空港の駐車場で発見された。
契約をしたのはトリノを本拠地とするサッカーチームだった。チーム職員がレンタル契約したのだが、使用した人物も使用目的も聞かされてはいなかった。

さらに、直後離陸した輸送機に、ウエディングドレスの女性が乗り込んだと言う目撃情報がある。
ジェノヴァとミラーノの空港はすぐに押さえていたが、トリノは盲点だった。

目的地はブリュッセル・コペンハーゲン・ストックホルム。三都市ともシェンゲン圏で、イタリアからパスポートコントロールの必要がない。
いずれかの都市に澪がいると踏んだのに、一向に行方が掴めない。

いや、そもそも本当に白いワンボックスカーに乗っていたのだろうか。
輸送機の目撃情報は真なのだろうか。
サッカークラブのオーナーがミロシュビッチだという点も、輸送機がロイズ所有だという点も、できすぎていて、アランにしては稚劣だ。

初動から方向を読み違えているかもしれない。もっとあらゆる可能性について慎重に検討すべきではなかったのか。

ジェイは怯えていた。
今この時にも、澪の身に危険が迫っていないと誰が断定できる。
髭が擦れただけで赤くなるようなあの柔らかな肌が傷つけられ、心の奥にもっと深い痛手を負っているかもしれないと、想像するだけで胸が裂かれそうだ。

──無事でいてくれ。

『何度もノックをしたんだが……』

ジェイははっと顔を上げた。
ウィルが気まずそうな顔でドアを背に立っていた。

『確認がとれた』

ジェイは後ろ手に窓を閉めた。
視線の先に、テーブルに飾られた澪のブーケがあった。真っ白なバラと鈴蘭のラウンド型のブーケで、朝露を模したベビーパールが散りばめられている。
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