桜ふたたび 後編
「ごめん! 澪ちゃん」

なずなは垂れていた頭を勢いよく下げた。もう畳に額が着きそうだった。
呆気に取られている澪に、誠一は怒りをぎりぎり抑えた声で言う。

「せっかっ、橫峯が正社員にしてくるっちゆとに、そん温情も断って、いったい、わいはこん先どうすっつもりか?」

「あ、あの……」

「今からでも遅うはなか。橫峯にびんた(頭)を下げてきやんせ」

「でも、伯父さん……、あの……」

「ないじゃ? 言おごたっこっがあっとなら(言いたいことがあるなら)、はっきり言いやんせ」

地声が大きい破れ声は平静でさえ迫力がある。
それでも澪は、渾身の勇気を振り絞って顔を上げた。ここで伯父に嘘はつきたくない。

「あ……あの……、伯父さん、そのことでお話したいことがあります」

「ないじゃ?」

「あの……、わたし……、わたし、そのひとと……、東京で暮らしたいんです」

「ないぃ?」

誠一は声を裏返らせ、目を剥いた。

「馬鹿すったれ!」

誠一の鉄拳を喰らった食卓が大きな音をたて、冷たくなった番茶が飛沫上げた。

たまらず春子が台所から飛び込んで来た。ふだんはのんびりと(と言うかのほほんと)して、温かい笑顔を絶やさない彼女が、血相を変えている。
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