桜ふたたび 後編
男は小太りの胸を揺らしてジェイの前までやって来ると、前置きもせずに言った。

『どう言うことですか!』

リンが眉根を寄せた。

『カルロス、打ち合わせ中よ』

『一刻を争うんだ!』

カルロスはリンを振り向きもせず、うるさいとばかりに声を上げた。

『ジェイ!』

ジェイは彼を見ることもなく、静かに言った。

『君はクライアントの指示に従えばいい』

『私はあなたのマネーマネジャーです。あなたの資産を保全する責任がある』

ジェイは自嘲気味に微かに鼻を鳴らした。

『資産など』

カルロスはむっとした顔をしたが、ここは感情的になったら負けだと判断したのか、己を抑えるように目一杯上を向いた鼻穴から息を吸い込んで、ゆっくりと吐くと、唸るような咳払いをし、宥めるように言った。

『あなただけの問題ではないでしょう? あなたの行為は、AXやここにいる仲間たちに対する裏切りだ』

聞き捨てならない言葉に、リンが不愉快な顔をした。

『どう言うこと?』

『カルロス、守秘義務違反だ。出ていけ』

ジェイが冷然と放った。
だが、カルロスは諦めなかった。ウィルも顔負けの大袈裟なジェスチャーで、ジェイに嘆願した。

『この間にもあなたとSAMの持ち株は売られ続けている。他のディーラーが気づくのも時間の問題だ。このままではAX株は暴落します』

驚愕の視線を浴びて、ジェイは目を閉じた。

澪を一刻も早く救出するには、アランに屈するしかない。

荒唐無稽な依頼を、シェイク・アブドラは即諾した。
彼にとってジェイのいないAXに興味などない。それに、AXと言う母船が沈む前に、信用を失墜したJ&Aは沈没するだろう。そうなれば、ジェイはスタッフのために、SAMに進退を預けるしか道がない。
アブドラはそれを待っているのだ。

アランの身柄の保証は、フィリップ・ド・デュバルがフランス政府に手を回している。
エルモにも自責という思考はあるらしく、今回ばかりは静観を貫いてくれている。しかし、そう長くは保たないだろう。
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