桜ふたたび 後編
『そう言うことだ。みんな、すまない』
そう言って頭を垂れたジェイの横顔に、黒髪が落ちた。それから彼は、固まった視線のなかで静かに席を立ち、部屋を去って行った。
誰も引き留める言葉を忘れていた。
彼の謝罪する姿を初めて見たのだ。
あのジェイが、ディベートの達人が、M&Aの魔術師が、一言の言い訳もなく、頭を下げた。
唖然と声を失うスタッフのなかで、最初の言葉を発したのは、ウィルだった。
『まんまとやられたな』
一斉に溜息が漏れた。
カルロスだけが抗っていた。
『狂ってる! 何とかしてくれ!』
取り乱した声に、ウィルは嘲るように嗤った。
勝ち馬に乗り続けているうちは率先して強気だが、一度軌道を外れると臨機に欠け、逃げ足だけは速い。強欲な仕手師の本性を顕した。
『不可能だわ』
リンはきっぱりと言った。
カルロスは再びンンと咳払いし、
『君だってAXのストックオプションを保有しているだろう? 生活がかかっているんだぞ!』
なおも脅迫めいた言葉で食い下がる。
『そうね』
リンは少し微笑んだようだった。
『何だ! もういい!』
こんな情けない奴らを頼りにして恥を掻いた、とばかりに青白い顔を赤くして出ていくカルロスに、弁護士のウィルはやれやれと後頭部を掻きながら、
『カルロス、俺の仕事を増やさないでくれよ。たとえジェイの身内にでも、守秘義務は守秘義務だ』
カルロスはさっきより激しい態度でドアを押したが、扉は動かなかった。彼は怒りを込めて扉を蹴ると、つま先の痛みを堪えて思い切りドアノブを引いて出て行った。
そう言って頭を垂れたジェイの横顔に、黒髪が落ちた。それから彼は、固まった視線のなかで静かに席を立ち、部屋を去って行った。
誰も引き留める言葉を忘れていた。
彼の謝罪する姿を初めて見たのだ。
あのジェイが、ディベートの達人が、M&Aの魔術師が、一言の言い訳もなく、頭を下げた。
唖然と声を失うスタッフのなかで、最初の言葉を発したのは、ウィルだった。
『まんまとやられたな』
一斉に溜息が漏れた。
カルロスだけが抗っていた。
『狂ってる! 何とかしてくれ!』
取り乱した声に、ウィルは嘲るように嗤った。
勝ち馬に乗り続けているうちは率先して強気だが、一度軌道を外れると臨機に欠け、逃げ足だけは速い。強欲な仕手師の本性を顕した。
『不可能だわ』
リンはきっぱりと言った。
カルロスは再びンンと咳払いし、
『君だってAXのストックオプションを保有しているだろう? 生活がかかっているんだぞ!』
なおも脅迫めいた言葉で食い下がる。
『そうね』
リンは少し微笑んだようだった。
『何だ! もういい!』
こんな情けない奴らを頼りにして恥を掻いた、とばかりに青白い顔を赤くして出ていくカルロスに、弁護士のウィルはやれやれと後頭部を掻きながら、
『カルロス、俺の仕事を増やさないでくれよ。たとえジェイの身内にでも、守秘義務は守秘義務だ』
カルロスはさっきより激しい態度でドアを押したが、扉は動かなかった。彼は怒りを込めて扉を蹴ると、つま先の痛みを堪えて思い切りドアノブを引いて出て行った。